ときどき椎名町の風景を思い出す

ふるい駅舎で雨、激しい雨だった。それは正確に昭和52年の池袋から椎名町までの車窓からの風景でなくてはならない。物語の背景の話だ。歴史は逆走できないから、池袋の巨大なあのビルは完成していない。それは池袋の話で、椎名町とは直接関係はないのだけれど。

激しい雨の椎名町の小さな駅舎で、僕は彼女と一緒だった。そして偶然、保科君と会った。彼もまた椎名町の住人だったからだ。僕らは一緒にいるときに本当によく保科君と出会ったけれど、そのときが一番最初だったのだ。

 

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雨音で目覚めた金曜日

のんびりゆっくりした気分はすぐに少しの焦りに変わる。雪に影響されたのは交通機関だけではない。雪と遊んだ楽しい気持ちの分だけ1週間が私のカレンダーから抜け落ちてしまった、気持ちだけだけれど。つまり逃げたのだ。逃がしたのだ、1週間を。来週は1月が終わる。鬼がやってくる。

夜10時40分・・しんしんという音がする

雪の降る日は少し暖かいという。けれど、私の知ってる雪の日は寒かった。あの嬉しいくらいに雪が積もったのは、何年前だったろう。今夜は寒さの音がする。しんしんという音がする。そんな気がする。

私たちは。たとえば、プラトンのなかに

新カント主義を読み込んではならない。アリストテレスのなかにスコラ哲学を読み込んではならない。

私たちは偏見に陥ってはならない。傲慢を廃しなくてはならない。私に傲慢という漢字を教えてくれた人は、たくさんのことを教えてくれた。

スピルバーグがヘビに向かって怒った。

私の映画を台無しにする気かと。火を怖がるんじゃなかったのかと。ルーカスとスピルバーグの関係は好ましい。それにコッポラを加えてもいい。私は映画館には新しいスターウォーズは観に行かないと思う。3作揃ったらDVDを買ってしまうとは思うけれど。ルーカスが監督やらないハリソン・フォードを思うとき、インディー・ジョーンズを観てしまうのだ。見返してしまうのだ。

「だっさい」

先日。御馳走になった際に「だっさい」というお酒をいただいた。難しい漢字で、私には書くことができない。本当は読むこともできない。私に日本酒の良し悪しが分かるはずもないけれど。山口のお酒だということだ。岩国のお酒だと。岩国には好きだった人がいた。今でも大好きな人だ。けれど、その人はもう生きてはいない。岩国は私にとって禁忌の土地なのだ。あの街については語らない。語れないのだ。

♬ 酔ったふりしてキッスのチャンスを

さがしたのは本気だったからさ。・・なんてね。

おじいちゃんだけど、上を向いた強いフリしたおじいちゃんだけど、気の弱い優しいおじいちゃんだとも見えるけれど。

すげぇじいちゃんだ、と思う。すげぇじいちゃんだ。