私は、たとえば上面だけの祝いの言葉を平気で贈る

そして、後悔してしばらくは黙り込むのだ、自分の部屋のこのイスで。たとえば、今回も「うまくいきそうもない結婚だなぁ」とか思いながらも、祝いの言葉を口にしている。私の立っているところは、いつも無責任の場所で。「お幸せに」なんて。私が他人に意見することが正しいとは思えないのだ。絶対に不幸になるなんてことはない。人それぞれが頑張って幸せになろうというときに、いやな言葉を浴びせることもなかろうと、言葉は外へは出さないことが常だ。うまくいくはずがないなんて、私に判断できるわけもないのだ。

そもそも、私は人様が相談を持ちかけてきても答えることはない。名前で悩む子がいれば「レイゾウコ」とか「ワンコ」とか提案して怒らせる。子どもの名前くらい自分で何とかするのが親の務めだろうとは決して言わない。

でも。今回は思っている。その男は前の男と同種なのではないのかと。

毒を吐いている。けれども、これは架空の話だ。絵空事なのだ。現実のものがたりではない。

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